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メール・マガジン
「FNサービス 問題解決おたすけマン」
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★第066号 ’00−11−03★
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波動の一致
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●英語的履歴を書き綴って
いるうちに、改めて自分の運の良さを知りました。 蔓を
掴んで木から木へ、、 のターザンの要領ですな、これは。
あるいは、転んでもタダでは起きない、というか。 何か
拾わなきゃ済まさない。 しかも、拾ったものは手放さず、、
いや、<授かったもの>だと思うから、おろそかに出来ない。
簡単には棄てない。 それを担いで歩く人生、、 でも、
<身に着いたもの>だから、邪魔にはならないし、重くもない。
使っても目減りせず、むしろ増える、、 それが、モノと違う、
技能の有り難みでしたな。 しかしながら、
図々しく、よく使ったものです。 元手はかけなかったが、
時に少しの<勇気>とかなりの好奇心、恥をかくことを恐れ
なかったし、疲れを知ることも無かった。
外国語をマスターするコツの一つは、臆せずに行動すること。
気後れしていたら、幸運の女神の前髪は掴めない。 それ
は他のどんな技法についても言えますね。
*
大学生当時、同級生T君はアルバイトで、英語修得をも狙って
ハウス・ボーイをやりました。 <元手をかける>どころか、
それで稼いでしまおうという逞しい根性、臆面の無さ。
<逞しい>のは体の方も。 高校ではレスリング選手でした
から。 これは技法活用上、大切な要素です。 異文化と
の接触においては、<文武両道>の方が有利。 最後、頼み
に出来るのは、自分の体力、腕力でしょうから、ね。
工作機械メーカーの御曹司だった彼、卒業後間もなく渡米し、
販売第一線で活躍。 英語も<ケンカ可能>レベルになった、、
が、その途中では、<遭難>しかかったこともあったという。
眉目秀麗のモテモテ男、その延長で女性ばかりの一家をバイト
先に選んだのが間違いのもと。 身に着いたのは<女>語。
知らぬ間にオカマ風の喋り方になってしまっていた、らしい。
それが分かったのは、アチラへ行ってから。 マッチョな奴ら
に付け狙われ、初めは本人「?」でしたが、ある日襲われかけ
て「!」に。 その時ばかりは<短距離選手>に変身した由。
「もう汗ビッショリさ。 いや、駆けたせいじゃないんだ。
ヤラレル!! だぜ。 コワカッタの何の、、」 以後、
命がけで<男>語の修得に励んだことは言うまでもありません。
やはり<師匠>は選ばなくちゃいけない。 が、技能の修得は
そのくらいカラダを張って当然。 そうでもしなかったら、荊
の道を切り開く本当の道具など、滅多に手に入りはしませんよ。
* *
しかも道具の善し悪しは使ってみなくちゃ分からない。 また、
それを使いこなす腕が自分にあるのか、それがどう役立つのか、
などは実際に使い始めてみないと本当には分からないものです。
また面白いのは、使っているうちに、ほら、ワープロやPCの
鍛え込みと同様、次第に<自分専用>らしくなってくること。
個性が備わってくる、というか、特化されてきます。 それを
用いて付き合う相手、からの影響も受けます。 それだけに、
良い道具に仕上げたければ、まず、これはこういうものなんだ
とハラをくくり、あとは可能な限りの正しさを追求するのみ、、、
人生そのものですな。 リクツじゃないよ、ココロだぜ!
道具自体は本来ニュートラル。 善し悪しは、どんな用途に
どう使うか、で決まります。 それを具体的に教えてくれる
のが先生、先輩、時には相手さん。 だから、出会いの運も
大切な要素なのです。 そして、運は心掛け次第、、
私は、実技的英語の<先生>をレコード盤の中に見つけました。
教材は American Popular Songs 。 それらに<出会った>
のはもちろん私だけじゃありません。 が、誰もがそれらを
<先生>と仰ぎ、教材として活用したわけでもない。
たまたま私はそうした、それも<私の運>、だったのでしょう。
* * *
戦後、滔々と流れ込んで来たアメリカ文化の中で何よりも輝いて
見えたのが映画でしたな。 <封切り>が<ロードショウ>に
変わったり。 その始まりは、たしか有楽町スバル座。
記憶に誤りなくば、こけら落としは「アメリカ交響楽」(邦題)。
原題 <Rhapsody in Blue>、アメリカ音楽史の星G.ガーシュイン
の一生を描いた印象的な作品。 これに圧倒されました。
以来、私はガーシュイン党。 クラシックも嫌いではないが、
サワリのところまで眠らずに持ちこたえることが出来ない体質。
ポピュラー・ソングなら長すぎないし、テンポが良いから眠く
なることも無い。 バーリンも良いが、やはりガーシュイン!
彼のメロディに心が揺さぶられるのは、曲自体の独特な味わい
もさることながら、原始風景の記憶というべく我が精神活動の
ルーツがそこにあるから、なのかも知れません。
たまたまのキッカケで掴んだ何かが、その後をすべて支配する、、
それは私に限ったことではありません。 ひと様を観察して
も、本を読んでも、どうやらそういうもののようです。
* * * *
歌い手の<原始記憶>はアル・ジョルスン。 ご存知なくて
当然、トーキー映画最初の作品「ジャズ・シンガー」で主役を
演じたくらい遙か昔のスターですからね。
その映画の中でジョルスンは「スワニー」を歌い、その作曲者
ガーシュインを世に知らしめたというのだから、縁は浅くない。
彼の伝記映画「ジョルスン物語」は、当時浅草に住んでいたせい
もあって、ロキシー劇場での上映中、続けて10回も観ましたよ。
「ジャズ・シンガー」と「ジョルスン物語」の筋がほぼ同じ
とは当時知る由も無いことでしたが、とにかくアメリカン・
エンターテインメント史上の伝説的人物であったわけ。
レコードも売り出されなかった時代でした。 だいたいプレヤー
を持っている人が殆どいないのだから。 映画館で観て聴いて、
そこで憶えてしまうほか無い。 集中力の訓練にもなったかな。
半世紀後、レーザー・ディスクを入手。 隅から隅まで、
完璧に覚えていたことには我ながら感心した。 いかに
よくロキシー劇場で<刷り込んだ>か、が分かりました。
さらに「ジョルスン再び歌う」なる続編も来たし、彼自身、朝鮮
戦争の前線慰問ついでに来日したり、で集中の持続と多少の臨場
感が得られました。 さらについでながら、
その2本の映画でジョルスン役を演じた好漢ラリー・パークスは、
その後のアメリカに吹き荒れた<マッカーシーの赤狩り旋風>に
巻かれ、哀れ俳優生命を失ってしまった。 アメリカ戦後史の
暗部、てな雑情報にも目を向けるようになったわけです。
* * * * *
ジョルスンのレパートリーは、新しくても1930年代の唄。 当時
すでに骨董品でした。 が、私にはいわば、<開運のお宝>。
古き良き時代の歌ですから、ユッタリして歌いやすく、人情豊か
で、韻文としても格好の教材。 憶えるには楽で、しかも楽し
かった。 まさに音<楽>。
それはアメリカ人にしても同じこと。 懐メロですから皆さん
よくご存知。 仕事を離れた場面では、とかく日本人は話題に
窮するものですが、私はむしろ楽しみました。 要は、一緒に
歌わせてしまうこと。 そして、
「好きな歌い手は?」と訊かれれば、ためらわず「ジョルスン!」。
ほかに? となれば、エセル・マーマン、ジュディ・ガーランド、、
と答えたものでしたが、ある時、「ふーん、つまりベルターだな」
という反応。 belt、「(革帯などで)打つ」や、「ぶん殴る、
ひっぱたく(俗)」の後に「大声で力強く歌う、sing in a loud
or forceful manner 」とありました。 なるほど、、
心を<打つ>ような歌い方をするのが<ベルター>、、 ですな。
たしかにジョルスン以来、体当たり的なのに惹かれておりました。
私は小手先、口先の仕業は好かないタチです。 体育会系では
ないが、やはり精一杯! 全力! という姿勢を評価する傾向が
ある。 マイクにしゃぶり付くのなんか、<歌>と認めないよ、、
てなことを申しますと、当時はあちらでも大いに賛同されました。
誇り高き現場人もまた<精一杯>の人生、マニュファクチャラー
同士、そこに共鳴し合えるものを感じた、、 というところかも。
* * * * * *
好都合だったのは年齢差、あるいは世代差。 普通ならむしろ
コミュニケーション上の障害と認識される要素ですが、私には逆。
こちら29歳だが肩書きは社長、それが行くのだから、応対する
方もそれなりの立場の人。 いかに能力主義の本場でも、本格
的製造業では結構オジサンになっている。 年齢差は歴然、、
なのに、仕事でも音楽でも、話し合って何も違和感が生じない。
実はそれ、単に文化伝播のタイム・ラグがもたらした結果、でし
たが、加えて言えば技術や音楽はやはり<共通語>。 その上に
同じく共通語である英語を載せるのだから、単語でも通じるわけ。
オハイオのT社、社長B氏夫妻が夕食に招いてくれた時も、それ
で<合格>しました。 夫人は不思議そうで、B氏に「あなた、
日本人て、こんなに我々の歌を知っているものなの?」 私が
引き取って「ええ、まあ、たいていは、ね」 涼しい顔。
その頃は声もよく出て、彼らとハモるのも楽しかったし、それに
よって翌日以降、仕事の話もさらにスムーズに。 夫人からは
希少なエセル・マーマンのLPをプレゼントされたり、、
コンテンツの一致から生じた人間的波動の一致。 中学英語の
<只管朗読>の日々には想像もできなかった、嬉しい体験でした。
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ポピュラー・ソングの歌詞は他愛ないのが多いけれど、作詞家は
語彙を選び、倒置法で強勢したり、省略で想像力を掻き立てたり。
同じことでも、どう言えば効果が挙がるかを教えてくれます。
まあ、レトリックの実習、と言えなくもない。 それに
だいたい、事業の提携とかM$Aというのは、法人同士の恋愛や
結婚ですからね。 Love Songs の表現を借りると、ヤヤコシイ
状況もスンナリ説明がつけられることが多かった。 もちろん、
最後に親会社E社を<振る>ことになった場面に至るまで。
その当初、取引銀行の米国駐在経験者に私の英作文を点検して
もらったところ、「こういうのは品が無いんですよね、、」。
頼む相手を間違えたな。 うちは銀行じゃなかったんだ、、
相手の波動と一致しなければ、共鳴・共振は起こらない。 が、
現実に<品の無さ>でそれを起こしたようですから、私が道具の
使い方を間違えたわけではなかった、、 と思いますがね。
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●英語は壮大な言語体系
ですから、本職になるにはよほど<学>を積む必要があります。
<学>は即ちコンテンツ。 もちろん私は英語の本職ではない
けれど、こう書き出してみると、中程度の体験ではあるかも。
文法、即ちプロセス、の一致は必要条件ですが、それは互いの
コンテンツを円滑に交わし合うための必要。 コンテンツが
一致して初めて<十分>になる。 他の技法においても、
プロセスは<コンテンツの一致>を早めるためのツールとして
必要なのです。 言い換えれば、波動の一致を促進するため
のツール。 共鳴・共振を起こしやすくするツール。
*
そのようなツールにも色々あります。 中で最も基本的なの
が Rational Process 。 思考の骨組み、ですからね。
その見かけはあまりにも単純。 そのため、かえって、何?
これだけ? の感を抱く人が少なくないので困るくらい。
基本的で単純なだけに、道具としての振り回し方にいっそうの
工夫が必要。 だが、そこまで認識する人がまた少ない。
価値観やテクノロジーが多様化、細分化されてしまった現代、
問題は多発し、状況は深刻になるばかり。 それも<波動
の一致>なき故、と言えるでしょう。 だから解決には、
かつての日本的集団主義とは違った意味での<衆知の結集>、
<合意の形成>に努めることが必要なのです。 それには、
人々のコンテンツを無駄なく取り出し、適切に組み合わせて
提示する手腕が必要ですが、それが生まれつき備わっている
人はさらに少ない。 何かの助けが必要です。
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Rational Process はその必要に迫られた人のためのツール
ではあるが、使って効果を挙げるには多少の経験を要します。
「おたすけマン」が控えているのは、そのためです。 お役
に立てれば幸い、どうぞご遠慮なく声をおかけ下さい。
■竹島元一■
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